佐伯さんのフォーム指導
体育館に入った瞬間、いつもと少し違う空気を感じた。
今日の担当は、チームの中でも特に技術指導に定評のある 佐伯(さえき)さん。飄々として見えるのに、フォームの話になると急にプロの目つきになる、ちょっと怖いけれど頼りになる先輩だ。
「今日はフォームを徹底的にやるよ。スライドの癖、全部直すつもりでね」
そう言うと、佐伯さんは私の前に置かれたストーンを軽く回し、氷を見つめた。
■ 佐伯さんの第一声
「まずね――君のスライドは“頑張ってる感”が出すぎ」
いきなりグサッと刺さる言葉だった。
だが、思い当たる節はある。きれいに投げようと意識しすぎて、つい力みがちになっていた。
「カーリングのスライドは、“脱力の中の安定”が大事。力を入れるところは決まってる。それ以外はできるだけ抜く。これが難しいんだけどね」
佐伯さんは、実際に私の前でスライドを披露した。
氷の上を滑る音が驚くほど静かで、腕の動きも無駄がない。
まるで氷に溶け込むようなフォームだった。
■ 重心の位置
「君はね、後ろに重心が残りやすい。だからストーンに体が“ついていってない”んだ。もう少し前。胸をストーンに預ける気持ちで」
言われた通りにやってみると、たしかに違う。
ストーンの重みが前方に自然と伝わり、スライドの安定感が増した。
「いいね。今の感覚を忘れないで」
佐伯さんは細かく頷きながら、私の足の位置や膝の角度を調整してくれた。
■ 手元の癖
続いて指摘されたのは、リリース時の手の動きだ。
「君はね、ストーンを押し出そうとしすぎ。
カーリングは“押す”じゃなくて、“滑らせる”。ストーンの重さを信じて、手は添えるだけ」
言われた瞬間、また図星を突かれた気がした。
緊張するとつい“押してしまう”のだ。
何度か投げ直していると、佐伯さんが静かに言った。
「ほら、いまの。いまのが一番いい。
君はもともと丁寧な動きができるんだから、押さなければもっと伸びるよ」
その言葉が胸にしみた。
自分の癖を否定せず、良いところも必ず拾ってくれる――それが佐伯さんの指導のすごいところだ。
■ カメラチェック
後半はフォームを動画で撮影し、細かく確認した。
画面に映る自分の姿は、想像以上にぎこちない。
膝の角度、背中の丸まり、一拍遅れる左手……。
それを指一本分の角度まで修正してくれる佐伯さん。
「ここ、あと3センチ前。でも急に変えすぎると崩れるから、今日は2センチだけね」
誤差2センチの世界――。
カーリングってこんなに繊細なスポーツだったのか。
■ 最後の言葉
練習の終わり、佐伯さんはストーンを片付けながら言った。
「フォームってね、完成することはないんだよ。
良くしようとしたら次の課題が出てくるし、上手くなればなるほど奥が深くなる」
「終わりがないんですね」
「そう。でもね――終わらないから面白いの。続ければ必ず上達する。それがカーリングだよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわり熱くなった。
不器用でも、遅くても、続ければ前に進める。
それがたまらなく嬉しかった。
今日のフォーム練習は、間違いなく私のカーリング人生のターニングポイントになる――
そう感じられる練習だった。

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