3月27日、残る理由
3月27日、午前7時40分。
通勤電車の窓に映る自分の顔を見ながら、高梨陽介は昨夜のメールを思い出していた。
「あなたの想定年収は、現在よりも80万円アップの可能性があります」
たったそれだけの一文が、頭から離れない。
80万円。
数字にすると、やけに現実味がある。
会社に着くと、机の上に一枚の封筒が置かれていた。
差出人は、人事部。
嫌な予感と、わずかな期待。
封を開けると、そこには来期の役割変更についての通知が入っていた。
「営業第二課・チームリーダー補佐」
昇進、ではない。
だが責任は確実に増えるポジションだ。
そして、給与欄に目を落とす。
基本給の増額――わずか5,000円。
思わず、乾いた笑いが漏れた。
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昼休み、同期だった斎藤からメッセージが届く。
「もう次の会社、決まった?」
決まった?
まるで自分が転職する前提のような言い方だ。
「まだ何も」
そう返信しながら、心の中では揺れている。
残る理由は、いくつもある。
- 安定した収入
- 慣れた人間関係
- 家から近い通勤距離
だが、去る理由もまた、確実に存在していた。
- 評価の伸び悩み
- 将来の不透明さ
- 挑戦できない閉塞感
午後、森本課長に呼ばれる。
「来期の件、前向きに考えてくれているよな?」
断定に近い口調だった。
陽介は一瞬だけ言葉に詰まる。
「……検討しています」
その曖昧な返事に、森本は小さく頷いた。
「お前には期待している。ここで踏ん張れば、道は開ける」
期待。
その言葉は温かいはずなのに、どこか重たい。
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帰宅後、ダイニングテーブルにノートを広げた。
左に「残る」。右に「転職」。
それぞれのメリット・デメリットを書き出していく。
だが不思議なことに、ペンが止まるのはいつも右側だった。
転職の欄には、まだ知らない可能性が並ぶ。
未知。挑戦。成長。
どれも曖昧で、だからこそ魅力的だった。
スマホを手に取る。
昨夜登録したキャリア診断サービスから、追加のメッセージが届いていた。
「あなたに興味を持つ企業が3社あります。面談を希望しますか?」
たった一行で、未来が少しだけ具体化する。
面談。
まだ応募ではない。
話を聞くだけだ。
それでも、ボタンを押せば後戻りはできない気がする。
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ふと、父の言葉を思い出した。
「仕事はな、石橋を叩いて渡れ」
慎重に。堅実に。
それが正しいと信じてきた。
だが――
石橋を叩き続けているうちに、向こう岸が遠ざかっていくことはないのだろうか。
時計は23時を回っている。
3月31日まで、あと4日。
陽介はスマホを握りしめ、静かに呟いた。
「話を聞くだけだ」
親指が、ゆっくりと画面の上を滑る。
「面談を希望する」
その文字が、白く光っていた。
(第3話へ続く)
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