雨は、夜の駅前を静かに濡らしていた。
探偵の霧島奏は、古びたアパートの三階、三〇三号室の前に立っていた。通報は二十分前。中で男が死んでいるという。
ドアは閉まっている。鍵は内側から掛かっていた。
「典型的な密室ですね」
霧島の隣で、刑事の高瀬がため息をつく。
部屋に入ると、中央に男が倒れていた。胸には小さなナイフが突き刺さっている。争った形跡はない。窓は閉まり、ベランダもない。逃げ道は一つも見当たらなかった。
「自殺ではありません」
霧島は即座に言った。
「なぜ?」
「ナイフの角度です。自分で刺すには不自然すぎる」
霧島は部屋をゆっくり見渡した。テーブル、椅子、簡素なベッド。壁際には小さな棚があり、その上に一つだけ鍵が置かれている。
「この部屋の鍵ですね」
高瀬がうなずく。
「ええ。中から掛かっていました」
霧島は鍵を手に取らず、棚の裏側に目を向けた。そこには、細い釣り糸がわずかに残っていた。
「犯人は外にいます」
「どういうことだ?」
霧島はドアを指さした。
「鍵は内側から掛かっていた。しかし、掛けたまま外に出る方法は一つだけあります」
霧島は静かに説明を始めた。鍵に釣り糸を結び、ドアの外から鍵を回す。施錠後、糸を引き抜けば、密室は完成する。
「だが、その糸はどこへ?」
霧島は男の手を指した。
死体の指先は、固く何かを握っている。慎重に開くと、透明な釣り糸の切れ端が現れた。
「犯人はミスをしました。糸を完全に回収できなかった」
高瀬は息をのむ。
「つまり、これは密室じゃない?」
霧島は微笑んだ。
「ええ。作られた密室です。謎はもう半分解けました」
雨音が、再び強くなった。
「残る問題は、誰がこの男を殺したか、ですね」
霧島は、静かに部屋を後にした。
ー完ー

iroha-nihohe


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