第5章：精霊の泉と、失われた記憶
夜明け前の森は、霧がゆらめき、空気が少しひんやりとしていた。 エリアの案内で、俺たちは“精霊の泉”と呼ばれる場所へ向かっていた。
「森の奥には、古代の精霊が眠っていると言われています。 この世界の生命を支える“根源の水”……それが、精霊の泉なんです。」 エリアの声は、静かな木々の間に溶けていった。
リナは少し不安そうに俺の腕をつかむ。 「ねぇ、本当に大丈夫かな？」 「大丈夫だ。神様がくれた“加護”ってやつ、まだ何のことか分かってないけど……試す価値はある。」
泉のほとりで
やがて視界が開けた。 そこには、月明かりを反射して淡く光る泉があった。 水面は鏡のように澄み、中心からは青白い光が静かに揺れている。
「きれい……」リナが息をのむ。 エリアが杖を泉に向けて掲げた。
「精霊よ、目覚めの時です。この者に宿る“加護”の真をお示しください。」
その瞬間、泉がまばゆい光を放ち、風が渦を巻いた。 気づくと俺の胸元が熱くなり、眩しい光の粒が溢れ出す。
記憶の断片
——映像が、頭の中に流れ込んできた。
終わらない残業。机に並ぶ空のカップ。 誰にも感謝されず、ただ「やれ」と命じられる日々。 その中で、俺はいつの間にか“笑うこと”を忘れていた。
だが、最後に見たのは……神様の微笑みだった。
「君は他人のために生きすぎた。次は、自分のために世界を作りなさい。」 「だから——“創生の加護”を授けよう。」
光が収まると、泉の上に淡い人影が浮かび上がった。 それは女性の姿をした精霊で、穏やかな声で語りかけてきた。
「あなたの力は、命を育む“創生”そのもの。 この世界で、あなたが耕した土地は生命を呼び、癒しをもたらすでしょう。」
リナとガルドが驚いて俺を見ていた。 「おい……お前、まさか神様の代理人とかじゃないよな？」 「そんな大層なもんじゃない。ただの農民だよ。」 そう言いながらも、胸の奥に温かな光が灯るのを感じた。
新しい芽吹き
村に戻ると、畑の作物が見違えるように育っていた。 昨日まで小さかった芽が、まるで一夜で実をつけたかのように。
「……これが“創生の加護”か。」 リナが手を合わせて笑う。 「すごいね。神様、本当にあなたにこの世界を任せたんだね。」
ガルドが肩をたたく。 「お前が耕して、俺が家を建てて、リナが料理して……最高の村じゃねぇか。」
エリアも微笑んだ。 「この村はきっと、希望の象徴になります。 あなたがこの世界に来た理由は、“癒すこと”。 それが、神の願いです。」
俺は空を見上げた。 過労死した社畜の俺が、今こうして“命を育てている”。 神様がくれたチャンスを、ようやく掴めた気がした。
次回予告：第6章「風の魔物と畑の守り手」
平穏な日々の中、突如現れた“風の魔物”。 村を守るため、主人公が初めて“創生の力”を試すときが来る——。
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