短編小説:コーヒーが冷める前に、課長は嘘をつく(第3話)【AI】

小説・創作

誠実の代償

電話は、まだ鳴っていた。

僕はスマホを耳に当てたまま、動けずにいた。

「……もしもし」

「お忙しいところすみません。昨日のプレゼン、とても良かったので」

その言葉だけで、胃がきゅっと縮む。

「ありがとうございます」

「実はですね。社内で話していたら、別部署からもぜひお願いしたいと声が上がりまして」

――来た。

嫌な予感というものは、だいたい丁寧な言葉遣いをしてやって来る。

「詳細は改めて……と思ったのですが、スケジュール的に少し急ぎで」

僕はデスクの上のカレンダーを見た。
空いている日は、ほとんどない。



いや、正確に言えば――
空いている“ように見える日”しかない。

「……確認して、折り返します」

電話を切った瞬間、背中に視線を感じた。

課長だ。

「今の、何だ」

僕は一瞬、言葉を選びかけて――やめた。

「追加の相談です。たぶん、断れません」

課長は腕を組み、天井を見上げた。

「誠実だな」

「褒めてます?」

「半分な」

彩香が、ひょいっと顔を出す。

「誠実って、全部引き受けることじゃないですよ」

佐伯先輩も頷いた。

「ちゃんと断るのも、仕事だ」

僕は、マグカップを見た。
あの「誠実」の文字。



これまでは、
嘘をつかないことが誠実だと思っていた。

でも――

「……一度、条件を整理して提案します」

課長が、少しだけ目を細める。

「いいじゃないか」

「全部を“はい”と言わない誠実、か」

その日の午後。
僕は、初めて“こちらから条件を出す”メールを書いた。

送信ボタンを押す指が、少し震えた。

数分後、返信が来る。

件名:Re: ご提案ありがとうございます
内容:社内で前向きに検討しています。 ただ、一点だけご相談がありまして……

僕は、息を吸った。

画面をスクロールする。

「御社ではなく、あなた個人にお願いしたい案件なのですが」

心臓が、嫌な音を立てた。

僕は、ゆっくりと画面を閉じる。

そして思った。

――これは、仕事の話だろうか。

それとも。

誠実でいることを、試される話だろうか。


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