〜ストーンは嘘をつかない〜
翌日。リンクに向かう足取りは、昨日より明らかに軽かった。 いや、軽いというより“早い”。気づけば小走りになっている。
「おはようございます!」
リンクに入ると、篠森とチームのメンバーがすでに練習を始めていた。 氷の上をストーンが静かに滑る音だけが、凛と響く。
「木島、来たか」
「はい! 今日からよろしくお願いします!」
俺の声が思ったより大きく響き、数人がクスッと笑った。
「元気だけは満点ね」
昨日手を振ってくれた女性──彩香(あやか)が笑う。
篠森が俺の前にストーンを置いた。
「今日は“読む”練習をやる」
「読む?」
「カーリングは、氷の癖を読むスポーツだ。強く投げても、弱く投げても、 氷が“こう滑れ”って言ってきたら、その通りになる」
「氷が……言ってくる?」
比喩なのか本気なのか分からない言葉だった。でも、篠森の表情は真剣だ。
「まずは、ストーンがどっちに曲がるか予想してみろ」
篠森が軽くストーンを投げた。スーッと静かに、細い弧を描きながら進む。
「さあどっち?」
「……右! 右に曲がります!」
ストーンは──左へ曲がった。
「逆かよ!!」
チームが笑い、彩香が肩をすくめた。
「初心者は100%外すから大丈夫」
「100%……」
その後も予想を出し続けたが、外す、外す、外す。 氷はまるで俺の逆を行くようにストーンを曲げていく。
──氷、怖ッ。
汗がにじむ頃、篠森が突然言った。
「木島。一昨日の一投、思い出してみろ」
「え?」
「あのとき、お前は氷を読んでたはずだ」
「いや、ただ無我夢中で……」
「無我夢中のときほど、本能が働くんだよ」
篠森がもう一度ストーンを置く。
「考えすぎるな。一昨日と同じように、ぼーっと軌道を見てみろ」
言われた通りに肩の力を抜き、深呼吸する。 氷の冷気が胸に入ってくる。 ストーンが滑る音だけに耳を澄ます。
──左に行く。
気づいたら口が勝手に動いていた。
「左です」
ストーンは、ゆっくりと左へ曲がった。
「……当たった……?」
彩香が驚いた声を出す。
「すごいじゃん悠斗くん! 一発で当てるなんて!」
篠森は、ただ小さく頷いた。
「ほらな。“読む目”はある」
その言葉が胸の奥でじわじわ温かく広がる。
続けて何本か予想した。 当たるのは半分くらい。それでも、最初のゼロよりずっといい。
「木島、今日の練習はここまでだ」
「え、もう?」
「集中力が切れたら逆効果。カーリングはメンタルも大事だからな」
その言葉に、昨日の失敗と今日の成功が混ざり、 何とも言えない心地よい疲労が押し寄せた。
帰り際、篠森がぼそりと言った。
「明日から、本格的な投球練習に入る」
「本格的……?」
「覚悟しとけ。痛いほど自分の下手さを知るから」
「こ、怖いこと言わないでください!」
それでも、足取りは軽いまま帰路についた。 氷が何を語るのか──その続きを早く知りたくなっていた。


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