〜初めての“本気の一投”〜
翌日。リンクに入ると、いつもより空気が張り詰めていた。
ストーンが並び、ブラシが立てかけられ、チームのメンバーも黙々と準備している。 昨日までの“体験”の雰囲気ではない。
「木島、今日は本格的に投球練習をやるぞ」
篠森の声は、普段よりも低かった。
「お、お手柔らかにお願いします」
「無理だ。今日は容赦しない」
即答だった。
◆ 初めての“本気のフォーム”
まずは基本姿勢を作る。片膝をつき、ストーンを前に置き、 反対の足をスライドさせる──カーリング特有の投球フォーム。
教わった通りに構えてみるが、全身がプルプル震える。
「木島、重心が高い。腰をもっと落とせ」
「こ、これ以上落としたら倒れますって!」
「倒れて覚えるんだ」
本当に倒れた。しかも派手に。
ズシャァアッ!
尻を強打し、リンクに響く。 チームは笑いをこらえきれず、彩香は腹を抱えていた。
「痛っ……今日はこのパターン多くないですか……」
「多い。けど全員が通る道」
篠森は真顔のまま言い放つ。
「フォームは基礎だ。基礎ができてなきゃ何も始まらない。 だから今日、一日かけて叩き込む」
「……はい」
もう逃げないと決めたんだ。 痛くても、ダサくても、やるしかない。
◆ 投げても投げても、曲がる
準備が整い、最初の投球に入る。
ストーンを握り、リンクの中央を見すえ、 息を整え、そっと体を伸ばして──
「いきます!」
ゴッ……バシュッ……ぐにゃああぁ…!!
ひどい。笑えるぐらいひどい。 ストーンは狙いの遥か外側へ、ぐるんっと曲がって消えていった。
「才能ないっす俺!!」
「うるさい。黙ってもう一球」
地獄のような反復練習が続いた。 10球投げて、10球とも軌道がぶれる。
腰は痛い。太ももは攣りそう。 氷の冷気は体力を奪っていく。
「やべ……集中が……」
ヘロヘロになったところで、篠森がストップをかけた。
「木島、まだ終わりじゃない。最後に一投だけ、集中しろ」
「最後……一投……」
視界がぼやけている。でも、逃げたくはなかった。
深く息を吸う。 氷の匂いが肺にしみる。
ストーンを握る手が、少しだけ軽く感じた。
「……いける気がする」
さっきまでのように力まず、素直に投げた。
ストーンは滑り──ふわりと、 ほとんど曲がらず、一直線に進んだ。
コン……
中心からは外れたけど、 今日投げた中では、一番綺麗なラインだった。
「……やった……?」
彩香が拍手し、他のメンバーも頷く。
篠森は、ゆっくり歩いてきて俺の肩を叩いた。
「木島。今の一投ができるなら、まだ伸びる」
「マジっすか……?」
「マジだ。お前は“力を抜けるタイプだ”。 それがカーリングでは一番の武器になる」
褒められたのか、貶されたのか分からない。
でも、不思議と嬉しかった。
氷の世界は厳しい。 けど、その冷たさに触れられるのが、少しだけ誇らしくなっていた。
──明日こそ、もっと綺麗に投げてやる。


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