プロローグ
殺人事件の解決から数週間。
慶次は刑事課の雑務に追われながらも、心の奥にある「言いかけた言葉」が気になっていた。
――あの夜、あきらに伝えようとした想い。
けれど恵子の明るい笑顔に遮られ、結局言えなかった。
一方、伊山はそんな慶次を警戒しつつ、あきらへの想いを募らせていた。
第一章 不意の誘い
「慶次くん、今日の帰り、少し寄らない?」
署を出る直前、あきらが声をかけてきた。
「えっ、俺と? ……もちろんです!」
慶次の返事は即答だった。
二人が向かったのは、署近くの小さな定食屋。
湯気の立つ味噌汁を前に、あきらが言う。
「この前の事件、慶次くんが粘ってくれたおかげで解決できた。本当に助かったの」
「いや、俺なんか……あきらさんがいなかったら何もできなかった」
ふと沈黙が訪れ、互いの視線が絡む。
その瞬間、心臓が大きく跳ねた。
第二章 割り込む想い
翌日。
「けーじ先輩! 今夜ごはん一緒に行きましょうよ!」
恵子が腕を組んでくる。
「ご、ごはん?」
「はい! 先輩、最近疲れてるみたいだし、私が元気分けてあげます!」
慶次は苦笑しながらも、彼女の健気さに心が揺れる。
その様子を遠くから見ていたあきらは、胸の奥がちくりと痛んだ。
(……なにあれ。なんであんなに近いのよ)
廊下の陰では、伊山が腕を組み、低くつぶやいた。
「やっぱり、あの新人は……危険だ」
第三章 夜の交番
数日後。
慶次は一人で資料を届けに交番へ向かった。
すると偶然、帰り道にあきらと鉢合わせる。
「こんな時間まで? 相変わらず頑張るわね」
「いや、あきらさんこそ。残業続きなんでしょ?」
二人で並んで歩く帰り道。
街灯の下、慶次がふいに立ち止まった。
「あきらさん……俺、あの夜、言いかけたこと……」
あきらの目が揺れる。
風が髪を揺らし、空気が甘く変わったその時――
「慶次先輩っ!」
振り返ると、恵子が駆け寄ってきた。
「差し入れ持ってきました!」
紙袋を差し出す恵子の笑顔に、慶次はまた言葉を飲み込んでしまう。
あきらは一瞬だけ寂しそうに笑い、
「……ほんと、人気者ね」
と呟いて、先に歩き出した。
第四章 伊山の決意
別の日、伊山があきらに声をかけた。
「……あきら、今度の休みに食事でもどう?」
不器用ながらも真剣な眼差し。
あきらは少し驚いた顔をし、静かに答える。
「ごめんなさい、伊山くん。今はそういう気持ちになれないの」
伊山は唇を噛みしめ、背を向けた。
(……やっぱり、俺じゃダメなのか)
遠くでその様子を見かけた慶次は、胸の奥がざわめいた。
エピローグ
屋上の夜風に吹かれながら、慶次は空を見上げた。
あきらへの想いは日に日に強くなる。
だが、恵子の笑顔も捨てがたく、伊山の気持ちを思えば胸が痛む。
恋も仕事も、不器用に揺れる毎日。
けれど、この揺らぎの中でしか得られない答えがあるはずだ。
星空の下、慶次の心はまだ定まらないまま、静かに夜が更けていった。


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