金賞の向こう側で、僕らは声を重ねた
合唱コンクールは、ただ歌の上手さを競う行事ではありません。
限られた時間の中で、意見の違うクラスメイトと向き合い、声と心を重ねていく――その過程こそが、何よりも大切な時間です。
今回は「高校生」「合唱コンクール」「特賞への道」をテーマに、練習の日々から本番当日までを描いた創作小説をお届けします。
これから合唱コンクールを控えている方、かつての青春を思い出したい方に、少しでも響く物語になれば幸いです。
金賞の向こう側で、僕らは声を重ねた
体育館の天井は、やけに高く感じた。
白い照明がずらりと並び、その下に僕らは整列している。三年一組。四十人。
そして、あと五分で合唱コンクール本番。
「緊張してる?」
隣でアルトの美咲が、小声で聞いてきた。
していないと言えば嘘になる。でも、今さら否定しても意味がない。
「まあね。でも、逃げたいほどじゃない」
そう答えると、美咲はふっと笑った。
僕の名前は直人。クラスでは目立たない存在で、音楽が得意というわけでもない。ただ、歌うのは嫌いじゃなかった。それだけの理由で、僕はこの合唱に立っている。
三年一組は、最初から“問題のクラス”だった。
クラス替え直後から空気はバラバラで、合唱曲決めのホームルームはまるで討論会。
男子は「どうせやるなら簡単なやつでいいだろ」と言い、女子は「最後の合唱なんだから本気でやろうよ」と食い下がる。
その溝を、誰も埋めようとしなかった。
そんな中で指揮者に選ばれたのが、クラス委員長の遥だった。
真面目で、責任感が強くて、ちょっと不器用。
彼女は言った。
「金賞、狙おう」
教室がざわついた。
無理だ、という声があちこちから漏れる。
「去年の金賞は二組だぞ」
「音楽選択少ないし」
「練習時間足りないって」
それでも遥は、黒板の前で一歩も引かなかった。
「できない理由は分かってる。でも、やらない理由にはならない」
その言葉が、僕の胸に少し引っかかった。
練習は、正直つらかった。
音程は合わない。テンポは崩れる。
男子は声を出さず、女子はイライラを隠さない。
「もう一回、そこ!」
遥の声が、何度も体育館に響いた。
「どうしてちゃんと歌ってくれないの?」
ある日、美咲が泣きながら言った。
男子の誰かが「合唱ごときで必死すぎ」と呟いた瞬間、空気が凍った。
そのとき、僕は初めて声を上げた。
「必死で何が悪いんだよ」
自分でも驚くほど、大きな声だった。
「どうせやるなら、ちゃんとやろうぜ。負けたら終わりだけど、本気でやったなら、残るものはあるだろ」
沈黙のあと、誰かが小さく拍手した。
それをきっかけに、少しずつ何かが変わり始めた。
放課後の練習に、男子が残るようになった。
音が合った瞬間、自然と笑いが起きた。
失敗しても、「次いこう」と声が飛ぶようになった。
合唱は、不思議だった。
一人では不安定な声も、重なると強くなる。
誰かが外しても、誰かが支える。
ある日、遥が言った。
「最初はね、金賞が欲しかった。でも今は、この歌を完成させたい」
その言葉に、全員が頷いた。
本番当日。
ステージに立った瞬間、観客席が暗闇に沈む。
ピアノの前奏が始まり、遥の指揮が上がる。
最初の一音。
不思議と、練習のときより声が伸びた。
息が合う。
言葉がそろう。
心が、そろう。
サビに入ったとき、僕は思った。
この瞬間が、もう二度と来ないことを。
最後の和音が、体育館に残響を残して消えた。
一瞬の静寂。
そして、大きな拍手。
結果発表。
銀賞。
「三年二組」
金賞。
「三年一組」
一拍遅れて、歓声が爆発した。
遥が涙をこらえながら、深く頭を下げる。
僕らは、抱き合って、笑って、泣いた。
金賞は、ゴールじゃなかった。
あの日、声を重ねた時間そのものが、僕らの宝物になった。
卒業しても、きっと忘れない。
体育館の高い天井と、四十人分の声が一つになった、あの瞬間を。
あとがき
合唱コンクールは、結果がすべてではありません。
思うように声が出なかった日、意見がぶつかって空気が重くなった日、それでも練習を重ねた時間は、必ず心に残ります。
この物語が、今まさに合唱に向き合っている誰かの背中を、ほんの少しでも押すことができたなら嬉しいです。
声をそろえた経験は、きっとこれから先も、人生のどこかであなたを支えてくれるはずです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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