出会いと事件のはじまり
春の柔らかな日差しが教室の窓から差し込む中、山田は身長の高さを誇示するかのように、颯爽と廊下を歩いていた。いや、颯爽…のはずだった。
「うっ…やばっ」
その瞬間、彼の頭は天井近くの掲示板の角に直撃した。鈍い音とともに、山田は一歩も進めずにうずくまる。クラスメイトたちは思わず息を飲む。
「大丈夫…ですか?」
声の主は、黒髪の小柄な女子生徒の敦子だ。彼女は眉をひそめつつも、すぐに駆け寄ってきた。
「あ、はい…まあ…なんとか…」
山田は手で頭を押さえながら、ぎこちなく笑う。普段はイケメンでクールなはずの彼だが、この瞬間ばかりはまるで漫画の主人公のようだ。
「ホントに大丈夫?」敦子は少し警戒したように眉を寄せる。けれど、どこか心配そうな目だ。
「うん、大丈夫…あ、でも、この掲示板、なんでこんな低いんだ?」
その天然発言に、敦子は思わず吹き出す。笑いをこらえながらも、優しく肩を貸してくれた。
「仕方ないでしょ…気をつけて歩かないからこうなるんだよ」
山田は頭をかきながら、照れたように笑う。
「そうだね…敦子って、しっかりしてるんだな」
その言葉に敦子の頬がほんのり赤くなる。彼女は即座にツッコミを入れた。
「ちょっと…名前で呼ぶなよ!」
二人の距離は、この小さな事件をきっかけに、一気に近づいた。
授業が始まると、二人は偶然にも隣同士の席に。山田は机の上でそわそわ、敦子はクスクス笑いをこらえる。
「…あの、さっきはありがとう」
「別に、たいしたことしてないし」
やり取りはぎこちなく、それでいてどこか楽しげだった。教室の窓から入る春風が、二人の間の微妙な距離をそっと揺らす。
まだ、これが恋の始まりだなんて、二人とも気づいていなかった。


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