汗で氷が霞むほど――スイープ強化の日
リンクに入った瞬間、佐伯さんがすでにブラシを構えて待っていた。
「今日から本格的にスイープ強化いくよ。覚悟してきた?」
その声には、いつもの柔らかさがほとんどない。 代わりにあるのは――本気の指導者の目だった。
■ スイープの基礎は“押す”ではない
「スイープはね、腕でこするんじゃない。 体重を落とし込んで、“ブラシに力を伝える”んだ」
そう言って佐伯さんは、私の手首を軽く触れた。
「腕の力を抜いて。肩と腰で押し込む感じ。 ブラシは身体の一部だと思って」
言葉は簡単だけど、実際にやるととんでもなく難しい。 体重を前にかけすぎればすぐバランスが崩れるし、 腕に力が入るとブラシ先が跳ねる。
「力むな。リズムを作って」
佐伯さんが横を並んで走り、私のスイープのテンポを合わせてくれる。 何度も、何度も、何度も。
十数分で息が切れ、汗が氷にポタリと落ちた。
■ “氷を作る”感覚が初めて分かった瞬間
休憩もそこそこに、次は実戦形式のスイープ練習。
ストーンがリリースされ、私はそれに合わせて走り出す。 ブラシ先が氷を削るような感覚が伝わってくる。
「そのまま! そのまま押し切って!!」
佐伯さんの声に押され、私は限界まで腕を振った。
すると――
ストーンの軌道が、ほんのわずかに変わった。
たった数センチ。 でも、その“小さな変化”が確かにハウスの奥行きを変えていた。
「……今の、自分で作ったラインですか?」
「そう。今のは悠斗くんが“氷を動かした”ショット」
胸の奥に熱いものが溜まっていく。
昨日まではただ必死にストーンを追うだけだったのに、 今日は“ストーンに働きかけている”感覚があった。
■ 限界の先の一歩
最後のメニューは地獄のような持久スイープ。 リンク端から端まで、全力でブラシを動かし続ける。
腕は焼けるように痛い。 息はもう吸えているのか分からないほど苦しい。
けれど――
それでもやめたいとは思わなかった。
「あと10メートル! いける!!」
佐伯さんの声が背中を押す。
最後の一振りまで、私はブラシを離さなかった。
■ 練習後の一言
練習が終わった頃、私は氷の上に座り込んでいた。 汗が滴り、視界が少し霞んでいる。
佐伯さんは隣にしゃがみ、静かに言った。
「今日のスイープで、チームのストーンは変わるよ。 上手くなったね」
その言葉だけで、疲れが全部どこかへ消えていった。
ゆっくり立ち上がると、氷の反射がいつもより少し輝いて見えた。
――スイーパーとしての道が、ようやく始まった気がした。


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